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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)11号 判決

原告 タイガー石油株式会社

被告 国

訴訟代理人 河原和郎 三上耕一 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四、三四五、八七〇円、及びその内金五〇〇、〇〇〇円につき昭和四一年七月一二日より、

内金五〇〇、〇〇〇円につき同四一年八月一三日より、内金五〇〇、〇〇〇円につき同四一年九月一四日より、内金一、〇〇〇、〇〇〇円につき同四一年一〇月一三日より、

内金一、〇〇〇、〇〇〇円につき同四一年一一月二一日より、内金八四五、八七〇円につき同四一年一二月一四日より、各支払済まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右一項につき仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  城東税務署長は、昭和四〇年三月三一日、原告に対し、所得の種類認定賞与、発生年月日昭和三七年五月、法定納期限同年六月一〇日、本税三、九五〇、八七〇円、不納付加算税三九五、〇〇〇円とする、源泉所得税の本税徴収通知(以下本件源泉徴収所得税告知処分という)及び加算税賦課決定通知(以下本件加算税賦課決定処分という)をした。

右の処分の理由は、原告がその所有にかかる株式会社スタンダード石油大阪発売所(以下訴外会社という)の株式一八七、八〇〇株を合計九、三九〇、〇〇〇円(一株五〇円の割合)で原告の代表取締役中野和一に譲渡したが、その価格は低額にすぎるから時価相当額一七、八四一、〇〇〇円(一株九五円の割合)との差額八、四五一、〇〇〇円は中野和一に対する賞与と認定すべきであるというにあつた。

2  原告は、右の源泉所得税の本税金三、九五〇、八七〇円のうち、内金五〇〇、〇〇〇円を昭和四一年七月一一日に、内金五〇〇、〇〇〇円を同年八月一二日に、内金五〇〇、〇〇〇円を同年九月一三日に、内金一、〇〇〇、〇〇〇円を同年一〇月一二日に、内金一、〇〇〇、〇〇〇円を同年一一月一二日に、内金四五〇、八七〇円を同年一二月一三日に、右の加算税三九五、〇〇〇円を同年一二月一三日に被告に納付した。

3  城東税務署長は、昭和四〇年三月三〇日、右1の処分と同一の理由をもつて、所得金額一九、六三〇、一六二円、法人税額六、八〇四、七二〇円、過少申告加算税一六〇、三五〇円とする法人税再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下本件法人税再更正等処分という)をした。

原告は、前記1の処分に対し行政不服、行政訴訟の提起はしなかつたが、右の本件法人税再更正等処分の取消しを求める訴えを大阪地方裁判所に提起し(同庁昭和四一年(行ウ)第二六号)、同裁判所は同四四年三月一八日右処分を取消す判決をし、更に大阪高等裁判所は同四九年七月三〇日右判決に対する控訴を棄却する判決をし(同庁昭和四四年(行コ)第二四号)、これら判決は同四九年八月一六日確定した。

4  右一、二審判決の理由とするところは、原告が中野和一に譲渡した訴外会社の株式の当時の時価は一株五〇円であるとの実体的理由にあつた。

右のように実体的理由によつて本件法人税再更正等処分が取消された以上、法律上これと関連のある本件源泉徴収所得税告知処分及び本件加算税賦課決定処分も不存在になり、当然に源泉徴収義務も不存在となり、原告の納付した右2の金員は不当利得となつて国は行政事件訴訟法三三条一項によりこれを返還すべき義務を負うに至つた。

5  よつて、原告は被告に対し、民法七〇三条の不当利得金として前記2の納付金額相当額四、三四五、八七〇円、及び国税通則法五八条一項一号による還付加算金として右額につきその各納付の翌日以降年七・三パーセントの割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1ないし3は認める。ただし2の最初の五〇〇、〇〇〇円が納付された日は昭和四一年七月一二日である。

2  請求原因4のうち、第一審判決の理由に関する部分は認め、その余は争う。第二審判決の理由は、本件法人税再更正等処分には理由付記不備の違法があるというにあつた。

本件法人税再更正等処分を取消す確定判決は、本件源泉徴収所得税告知処分、本件加算税賦課決定処分の効力や、源泉徴収納付義務、加算税納付義務の存否に影響を及ぼすものではない。

三  抗弁

1  請求原因2の納付金が義務なくして納付されたとすれば、その返還を請求する権利は、民法七〇三条の不当利得返還請求権ではなく、国税通則法五六条の過誤納金還付請求権であるから、その消滅時効期間は同法七四条一項又は会計法三〇条により五年である。

2  本件源泉徴収所得税告知処分、本件加算税賦課決定処分が無効であるとすれば、請求原因2の納付金はその納付のときよりその返還を請求できるから、その返還請求権の消滅時効起算点はその納付のときである。

3  したがつて、本訴請求債権は請求原因2の納付の終了した日の翌日である昭和四一年一二月一三日から五年を経過した同四六年一二月一三日に時効により消滅した。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  本訴請求債権は民法七〇三条の不当利得返還請求権である(不当利得の法理に照らし徴収租税の返還請求を認めた最高裁昭和四九年三月八日判決判例時報七三八号六二頁参照)から、その消滅時効期間は民法一六七条により一〇年であり、これにつき国税通則法七四条一項、会計法三〇条は適用されない。

2  本訴請求債権の消滅時効の起算点は、納付金の納付の翌日ではなく、本件法人税再更正等処分取消判決の確定日である昭和四九年八月一六日である。右判決が確定して始めて、被告に不当利得を返還すべき義務が生ずるからである。また、国税通則法又は会計法にいう「請求できる日」とは法律上権利行使に障害がないというだけでなくその権利行使が現実に期待できるものであることを必要とする(弁済供託金取戻請求権に関する最高裁昭和四五年七月一五日大法廷判決、民集二四巻七号七七一頁参照)が、本件法人税再更正等処分の取消訴訟を提起していた原告にその係属中に請求原因2の納付金の還付請求をすることは期待できないところであり、右判決が確定して始めてこれを期待できることとなるわけである。

3  右のいずれの理由によつても、本訴請求債権につき消滅時効は完成していない。

第三証拠 〈省略〉

理由

一  請求原因1のとおり城東税務署長が原告に対し本件源泉徴収所得税告知処分及び本件加算税賦課決定処分をし、請求原因2のとおり(ただし最初の五〇〇、〇〇〇円の支払は昭和四一年七月一二日以前)原告が右所得税及び加算税を支払つたことは当事者間に争がない。

二  そこで右所得税本税返還請求権の消滅時効について判断する。

原告は右返還請求権の消滅時効期間は民法一六七条により一〇年であると主張し、被告は国税通則法五六条、七四条又は会計法三〇条により五年であると主張している。ところで、納付された租税につき納付の当初より納付すべき理由がなく、あるいは納付後に納付すべき理由が消滅したとすれば、その納付金は正に国税通則法五六条一項にいう過誤納金にあたり、納税者は同項にもとづきその納付金の還付を請求できることはいうまでもないところである。そして過誤納金返還請求権は民法七〇三条の不当利得返還請求権とその性格を同じくするところがあるが、過誤納金返還請求権については租税関係の特殊性にかんがみ民法とは異なつた特別の規定がおかれている以上、その消滅時効については民法一六七条の規定の適用が排除され、もつぱら国税通則法七四条が適用されると解すべきである(原告も本件請求の権利につき還付加算金に関する国税通則法五八条の適用を主張している)。したがつて、本訴請求についての消滅時効期間は五年であり、消滅時効の抗弁の当否は国税通則法七四条に従い判断すべきものである。

原告は消滅時効期間の起算点は本件法人税再更正等処分の取消判決の確定時であると主張し、被告は請求原因2の納付の終つた時であると主張している。ところで、源泉徴収に係る所得税本税は納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで税額が確定するとされている(国税通則法一五条三項二号、二条二号)。そして原告が請求原因1で主張する源泉所得税徴収通知は〈証拠省略〉によると国税通則法三六条一項二号の納税告知処分と認められるところ、納税告知処分は源泉徴収に係る所得税本税の納付義務や税額を確定する効力は持たない(最高裁昭和四三(オ)第二五八号昭和四五年一二月二四日第一小法廷判決、民集二四巻一三号二二四三頁)のであるから、もし納税義務がないにもかかわらずこれを納付した場合には納付後直ちにその返還を請求できることになるわけである。原告は本件法人税再更正等処分が確定判決により取消されて始めて返還を請求できることになると主張するが、源泉徴収にかかる所得税の性質及び納税告知の効力が右説示のようなものである以上、所得税法一八三条以下に定める源泉徴収義務がないにもかかわらず納付された源泉徴収にかかる所得税は、原告主張のような判決の有無にかかわらず、納付後直ちにその還付を請求できるわけであるから、原告の主張は理由がない。

原告は本件法人税再更正等処分の取消訴訟の係属中に源泉所得税の還付請求をすることは期待できなかつたから消滅時効の起算日は右処分の取消判決の確定時と解すべきであると主張する。原告は右還付請求をすることが何故期待できなかつたか明らかにするところがないが、右処分の理由及び弁論の全趣旨によれば原告が右還付請求の訴えを右確定判決前に提起しなかつたのは、租税関係法規の不知にもとづくものか、あるいは還付請求の訴えにおける勝訴の確信をえられなかつたためであると推認される。しかしながら、原告主張のような訴えの提起や、右の法規の不知、あるいは勝訴の確信をえられないことが、国税通則法七四条の消滅時効期間の開始につき妨げとなるとは解することができない。原告は弁済供託金の取戻請求権に関する最高裁昭和四五年七月一五日大法廷判決を引用するが、この判決は弁済供託金を取戻したのでは弁済供託の目的を達することのできなくなる事例に関するものであるから、過誤納金の還付を受けるにつき何の不利益も認められない本件の事案に参考となるものではない。

そうすると、原告の主張する源泉徴収にかかる所得税本税の還付請求権はその各納付の日より五年を経過した日である昭和四六年七月一三日から同年一二月一四日までの間に時効により消滅したものというべきである。被告の消滅時効の抗弁は理由があり、原告の源泉徴収所得税本税の返還を求める部分の請求及びこれに対する還付加算金の請求は理由がない。

三  つぎに加算税の返還請求について判断する。

加算税の税額確定方式は賦課課税方式とされている(国税通則法一六条二項)から、請求原因1の本件加算税賦課決定処分が当然無効であるか、あるいは取消され又は失効した場合でなければ、右処分にもとづき納付した加算税の返還を求めることができない。原告は本件法人税再更正等処分取消の確定判決があれば、請求原因1、3のように右再更正処分と同一の事由にもとづく加算税賦課決定処分は失効し、加算税納付義務は不存在となると主張している。しかしながら、法人税再更正処分と源泉徴収所得税の加算税賦課決定処分とは別個の法規にもとづきされるものであることはいうまでもないところであるし、株式の低額譲渡という同一の事情を原因として両処分がされたとしても、両処分は全く別個の要件にもとづきすなわち、法人税再更正処分は右譲渡が法人に所得をもたらす事実に着目し、加算税賦課決定処分は右譲渡が譲受人に対する給与等の支払と評価される事実に着目してされるものであつて、一方の処分が他の処分の効力又は法律要件を当然に前提とするものでもないから、本件法人税再更正等処分を取消す確定判決の既判力又は行政事件訴訟法三三条の効力は本件加算税賦課決定処分の効力又は右加算税納付義務に何らの影響を及ぼすものではなく、国にその納付金を返還する義務を生じさせるものでもない(最高裁昭和四七年(行ツ)第八〇号、昭和四八年二月一五日判決参照)。原告は他に本件加算税賦課決定処分が取消されたとかあるいはこれに当然無効事由があるとかの主張をしないから、納付した加算税の返還を求める部分の請求及びこれに対する還付加算金の請求は理由がない。

四  以上のとおり原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用は民事訴訟法八九条により原告の負担とすることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 井関正裕 春日通良)

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